SLSはEAPを越えたシステムです。

大学卒業後、ソフト関連会社に就職した男性は35歳でシステムエンジニアになり、37歳でプロジェクトリーダーに昇格。不況に伴う過重労働やリストラ、社内再編による退職者や病欠者が多い職場だったため、複数の仕事を兼務した。睡眠3?4時間、休日出勤が続き、昇格3ヶ月後に意欲・集中力が低下。昇格5ヶ月後には将来に対し悲観的な考えを持つようになった。部下への指示も的確ではなくなり、「自分は必要のない人間だ」と罪悪感も。欠勤を繰り返すようになり、昇格6ヶ月後に自殺未遂。救急搬送された病院で精神神経科医師の診察で重度のうつ病と診断された。

転職した男性。仕事のことで上司から叱責を受け、それ以来めまいや吐き気などの不調が出現。精神科を受診し、薬物治療と自律訓練法を実施。2週間ごとの通院で自覚症状は軽くなったように見えたが、受診3ヶ月後から欠勤が増えた。内科では薬を処方したほか、直属の上司以外にも仕事のことを相談するように働きかけた。また診断書を作成し、職場内のストレス環境の可能性を指摘、配置転換も含めた配慮を依頼した。受診開始から約1年後に部署変更となり抑うつ気分も改善傾向となった。現在の上司とは仕事上でのトラブルも少ないが、社内で以前の上司と会うと、体の震えを感じたりする。

44歳の女性は総合職として努力を重ね、抜擢人事で管理次長に。休日出勤や残業も厭わないハードな仕事ぶりだった。男性部下が顧客とトラブルになった時も、顧客への対応、部下への指導に精一杯取り組んでいた。若い一般職女性から指導方法に関して暗に批判されるなど傷つくこともあったが、トラブルは無事に解決し、胸をなでおろした。

ところが仕事に身が入らない、疲れがたまる、人と話をするのが億劫などと感じるようになり、無断欠勤。夫に連れられて精神科を受診した。初診時、本来の抑うつ感に加えて、総合職の立場にもかかわらず無断欠勤してしまったことへの自責感から非常なショック状態だった。自殺の可能性もあるうつ病と診断され、精神科への入院が勧められたが、自身や家族の強い希望から外来治療とし、当分は休職してもらうこととした。精神科薬物療法とカウンセリングを主体とした治療が進められたが、出世コースからはずれたという気持ちが強く、復職へのあせりから一進一退の状況がしばらく続いた。4回目の診察の際、女性自ら、現在までの生い立ちを書いたものを持参したため、動機を尋ねると、現在の自分に自信がもてないので、過去を振り返ってみたかったのだとの説明だった。そこで、引き続き日記をつけてもらいながら、気持ちの整理を進めていくことに。それ以降、気持ちが安定、復職への焦りもなくなり、6か月ほどで職場復帰を果たした。
復職に際しては、総合職へのこだわりが強かったためそのままとし、男性の部長が積極的にサポート。また、部下の女性とお茶を飲むなど積極的に交流をはかり、職場全体のまとまりも出てきた。
自分の生き方や仕事への姿勢についてじっくり考えることができたと、休職に積極的な評価を下せるようになっている。ひと回り大きくなったと職場での評価も上々。ついつい仕事にのめり込む傾向が強いので、職場としても定期的なチェックと業務量の調整を行い、適度の休養を取らせるなどの配慮を心がけている。

うつ病を発病し6か月間自宅療養。主治医から「来月1日以降の復職が可能と判断する。ただし、復帰当初は業務負荷を軽減することが望ましい」という内容の診断書が発行された48歳男性。フルタイムでの復職を望む本人と上司、人事担当者で面談を行い、診断書の内容から段階的に復職したほうがいいのでは、と会社側が提案。最終的に本人希望で「試し出勤」を導入することにした。
最初の2週間は始業時間の8時30分から10時30分まで、次の2週間は12時30分まで、次の2週間は15時30分まで、最後の2週間は定時の17 時30分までの勤務とし、業務内容は責任がなく期限も厳しくないものに。業務量も各段階の勤務時間に合わせたものとした。この計画でよいか判断を仰ぐため、主治医に連絡をとり、本人、上司、人事担当者で訪問。人事担当者が主治医に試し出勤の計画書を見せて説明。主治医からこの計画にそってよいとの回答を得たので、試し出勤の計画を正式文書にし、各人がサイン。
試し出勤期間は基本的に毎週通院し、主治医に健康状態の確認と勤務上のアドバイスを受けた。翌週から試し出勤を開始。本人は「短時間勤務ならどうってことないだろう」と高をくくっていたが、初日を終えて「意外と疲れたな」。それでも睡眠はよくとれ、疲れがリセットできていたため、順調に出勤できた。同僚が忙しく働いている中、自分だけが軽い仕事をして早く退社してしまうことに後ろめたさを感じたが、主治医からの「周囲の忙しさに影響されず自分のペースを保つことが今は重要」というアドバイスを思い出し、けっして無理はしなかった。第3段階の15時30分までの勤務になって3日目に疲労が蓄積したことを本人が自覚。このため前日までよりも睡眠時間を多くとるように生活リズムを調整し、週末も休養にあてた。このようなセルフケアにより第3段階も休まず最終段階までやり遂げ、無事に正式復職。その後も3か月間は時間外労働なしのフルタイムで勤務、復職後1年経過した現在は通院と服薬を続けながらも順調に働いている。

出典:厚生労働省「こころの耳」働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト?心の健康確保と自殺や過労死などの予防?の事例紹介を加工作成